スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

顛末 第48回

     素早く看護士の手当てを受け終わると、譲二は疑われているような気がした。 


     全く、何だあの医者は! 刑事コロンボじゃあるまいし・・・ 譲二は身の危険を感じてぞっとした。 家庭内暴力や幼児虐待が騒がれている今の時代で、不信な場合は医師法により医師は警察へ届出義務があるという話しをやっとそこで思い出した。 こんな事で、あの医者に警察へ通報されては困る。 大丈夫だとは思うが、良い気はしない。 しかしそんな心配は瞬間であった。 とにかく階段から落ちたと云う事で通せば良いのだから。


     今では貴子にいまいましい憎しみの気持ちしかない。 思いもよらない返済要求に怒りは収まらないが、それでもさっさと返して縁を切ろうとはしないのだ。 全くの逆恨みだが貴子の態度を許せない心境だった。 当然貴子からは電話があるはずである。 貴子から電話があったら適当になだめて借金は返すという口約束をして、そのままお金は借り続けるつもりである。 


     家庭があるので、もはや以前のようなトンヅラはできない。 たいてい譲二が電話に出るが、仮に妻が電話に出て何か言ったとしても、得意の嘘で上手くごまかせる。 譲二は女性関係で妻に疑われた事はなく、妻のまとまった休暇の時にも譲二の所に顧客が来る事があるのは良く知っているので適当な事を言っておくつもりだ。 妻に疑いを持たれる事はまずない。

スポンサーサイト

顛末 第47回

(12)顛末


     貴子は、譲二の思いもよらない反応に、本当に驚いた。 借金が返せないにしても、もう少し言いようがあるはずだし、あのように怒りをあらわにするにのはびっくりであった。 貴子は、冷静さを取り戻すようにしたが驚きと悲しみと怒りのショックで混乱を静めるのに大変だった。 もはや、彼の置かれた状況を手助けするつもりはない。 譲二は助けてくれた貴子を今度は敵に回したのである。 


     譲二は家に帰り、頬を手当てしたが適切な処置を取った方が治りが早いと思い、医者に行った。 ひどい傷ではないのだが、生傷を放っておくと顔に大きな傷跡になってしまうし、皆に「そこ、どうしたの?」などと聞かれてしまう。


     近所の医者に行き、診察を受けると、「どうしましたか?」と質問された。 


     「果物と果物ナイフをお盆に載せて2階に上がろうとしたとき、階段から足を踏み外して怪我をしました」 


     「頭や腰を強く打ちませんでしたか?」 


     「大丈夫です」 


     「これは切り傷のように見えますが、落ちた時の怪我ですか?」 


     「ハイ」  


     「他もぶつけませんでしたか? ちょっと背中、出してください。 背中は痣になっていませんね。 あと手の甲をぶつけたようですね」 「他に痛い所は?」 


     「ありません」 物をぶつけられた時足の上に落ちたのでつま先が痛かったが言うまでもない程度だったので言わなかった。 


     「頭や額が無傷で頬に怪我をするとは、一体どんな落ち方したんでしょうね。 頭部と腰は何ともないですね。 肩も無傷のようですね。 思いっきり頭をぶつけたりはしませんでしたか?」 


     「少しぶつけましたが何ともありません」


     医師は盛んにカルテ書きこんでいる。 「何段目くらいから落ちましたか?」 


     「上りきるちょっと前の高い所からです」 


     「自宅でですか」 


     「ハイ」 


     「普通、階段から落ちてこういう所がキリ傷にはならないですけどね。 骨折したり足をくじく人もいらっしゃるんですよ。 塗り薬を出しておきましょう」と言って考えこんでいた。

危機 第46回

     「人の善意を何だと思っているのよ。 信じられないわ、そう云う人だったなんて」と、貴子は裏切られた事の悔しさで一杯だった。 


     「お互い様だよ」と、言う譲二のその冷たい言い方に、思わず自分の耳を疑ったほどだった。 


     貴子は譲二に甘く見られていた事を悟った。 お金を返して欲しいと言っただけで、もう少し返事のし方がありそうなものだが、譲二の豹変した態度に驚いた。 貴子は、ショックを受けて会話が続かないのを感じた。 譲二は我が侭を通せると思っているだけの自信過剰の人間だったのだ。 


     貴子は怒りが爆発し、無意識にそばにある物を手当たり次第譲二をめがけて投げつけたが、その中には譲二が売りつけた物があった。  投げつけられている物を振り払って止めようとする譲二。 


     「危ないじゃないか」  譲二は「借金返せ」の一言に、怒りで思いっきり絞め殺してやりたい心境になった。 もし第三者が見れば、何処にでもある夫婦喧嘩程度の物のぶつけ合いであったであろう。 


     次に貴子は思わずそばにあった置物で部屋に飾ってあった銀細工の置物を振り上げると、譲二に向けて振り下ろした。 譲二は素早く身をかわしてよけたが、角が頬にあたった。 かすった程度かと思ったが重みのある物だったので、意外に深手を負ったのである。 譲二は知らぬ間にあちこちぶつけていた。 あまりにも逆上して危ないので貴子を思いっきり突き飛ばすと、貴子はすぐに倒れて泣き崩れてしまった。 譲二はその隙に一目散に部屋を出て車に乗り逃げ去った。 「畜生!」運転しながら、譲二は怒りが収まらない状態であった。 悔しさで荒れ狂って運転する譲二である。

危機 第45回

     譲二が訪れてきたとき、貴子はいつもと同じ態度をとっていたが内心胸が一杯であった。 無理を感じながらついに切り出した。 


     「私達、もう終わりにしたほうが良いかもしれない。 一人で随分思い悩んで、色々考えて終わりにしなければいけないと思ったのよ。 それで借金は返してもらいたいの。 貸してから随分経つわね。 近いうち、お金は銀行から借りなおして頂戴。 それでないと、もう終わりにはできないでしょう」と、貴子は静かに言った。 


     「ええっ!」と譲二は驚いた。 


譲二は何故急に別れ話と借金返済を求めるのか聞こうとはしなかった。 暫く沈黙があったかと思うと、「人が困っている時に、返せと言われても無理だ。 いずれ返すよ」と、譲二は怒りと悔しさに声を荒立てた。 「終わりにするのはかまわないけど、お金は当分の間返せない」 


「どうして? もう一度銀行から借りなおせば良いのよ」


「お金は其方から貸すと言い出したことだ。 此方から頼んだ事じゃないよ」 


     譲二は、今更返せとは何だと、それしか頭になかった。 譲二は当然の権利を主張するように威圧的だった。 我が侭を通せると信じる自信過剰の譲二である。 自分が助けられたという意識はなくなっていたのである。 自分の正当性に自信を持った言い方である。 貴子は譲二が助けてもらって当然と考えているのだと初めて悟った。 助けるつもりでお金を貸している事が相手に通じなかった。 これは亜希子のときも同じであった。 亜希子も貴子も、譲二がそう云う人とは思っていなかった。 もっときちんとした誠実な部分があると思っていた。 

危機 第44回

     貴子には思い当たる事が幾つもあった。 譲二は何でもない事で嘘が多いのが不思議な気もしていたし、自分の都合で動いているのも感じていた。 借金がある割には優雅にやっていて切り詰めた生活を心掛けている感じはしなかった。 なんといっても貴子に物を売る時も強引でしつこかった。 株の失敗の話しを聞いていたので、譲二にはあまり無理をさせないようにしていたが、何かあっても最近は全然払おうとしないのも面白くない。 


     思えば譲二は軽く返事をするし、我が侭で自分の事しか考えていないのではないかと感じる事もあった。 客観的に色々考え直すと、やはり譲二の言っていた、妻との冷えた関係というのは嘘かもしれないと感じたのである。 以前にも、このような関係を続けていくのはやめるべきだと思った事は何度かあったが、別れる決心をするのに決定的な動機はなかった。 貴子はお金の事よりも譲二へに不信感をつのらせ、裏切られている上、利用されているようなショックを受けた。  


     ただ、貴子にとって譲二を失う事に大きな打撃を受けるのは確かであった。 楽しい時間を共有し続けていきたい気持ちが強かったからである。 これは貴子の気持ちの踏ん切りをつけるのを難しくした。 あまり疑いたくはなかったのだが、結局表面的な優しさを繕っていたのかもしれないと、随分考えた末貴子は別れる事を決意するつもりで譲二と話しをしようとしたのである。 話し合って見れば、色々な誤解や勘違い、此方の思い込みなどもわかる場合がある。 貴子はそのような淡い期待を持っていた。 

危機 第43回

(11) 危機


     久しぶりに貴子は、仕事で譲二の自宅兼事務所に行くと、別の顧客と出くわした。 貴子は彼女を以前見かけた事はあったが、二人とも用事はすぐに済んだので一緒に駅に向かった。 


「あのお宅、御家族円満ですね。 家族で食事にも出るしヨットに乗ったりしているらしいわ。 上のお子さんは留学が決まっていて、夏休みは皆でアメリカへいらっしゃるそうよ」と、顔見知りの顧客が言った。 


「ええっ!」 貴子の知らない事実に驚いて言葉が出なかった。 


「この前、文化祭にご夫婦で出向いて、お子さんには甘いお父さんね」 「奥さんが添乗員をしているから、外国に行くのは慣れているでしょ。 奥さんが退職したらいつかご夫婦で東南アジアをゆっくり回りたいんですって。 アジアはこれから経済が発展するし様変わりしていくでしょうね」と言うのである。 貴子は絶句した。 そんな計画していたのか・・・貴子が聞いている話と違いすぎる。 


「下のお子さんと家の子が同級生だったのよ。 子供が小さい頃、PTAの会長を頼んだりして助かったわ。 奥さんが仕事を続けられたのは、旦那さんの協力があったということで、随分大事にしているみたい。 気を使っているのね」と、付け加えた。 彼女が嘘を言う必要性はないのは明白だった。 


「そうですか」と、だけ言って後の言葉が続かない。 貴子は驚いて言葉が出なかった。 貴子は青冷めていた。 妻とは問題など全然なかったのか・・・ 

思惑 第42回

     株で信用取引をして損をした事は、貴子には言ってあった。 譲二はその不覚に苦笑しているが、時として経費がかかって大変なので重荷であろうと貴子は感じていた。 譲二は楽観的に考えるようにしていたが、やはり出費がかさむ時は、長い返済を考えると苦しく感じる事は当然である。 


     貴子は小さな商売をしているが、仕事上思いもよらない裏切りを受けた経験があった。 それは信頼関係を基本にして仕事を進めるので、ある程度人に任せなければ経営を続けられないという理由で、防ぎようもなければ貴子の不手際で起きた事ではなかった。 相手に事情があるにしても、突然信頼関係が崩れる事があるのは承知しているつもりだ。 この辺は年齢的に経験というものは備わっている。 


     それでも譲二の願望が伝わったのだろうか、そんな時に余裕資金が豊富な貴子は、「1000万くらいなら貸してあげるわ」と言ってくれたのだ。  普通の人にとって、1000万は大金だが貴子にはそれほどではない。 譲二の借金の理由が株の失敗なので、そのような理由で助けるというのは抵抗があり、自己責任と言う事で解決すベき問題なのは解っているが、この程度なら助けても良いと思った。 


     貴子は譲二を信頼していたのである。 またサラリーマンと違い、仕事柄大きなお金を動かすのにある程度慣れているのであった。 


     「本当に良いの? 金利が高いのが大変で。 貸していてもらえると、本当に助かる」と言った。 


     譲二は1000万借りられると、返済がとても助かるのでほっとした。 これは貴子が思う以上に譲二は非常に助かったと感じた。 随分気持ちが楽になれたのであった。 譲二は、遺産が入るまでずっと借りるつもりだ。 家庭を持って安住しているので、亜希子の時のように逃げ切る事はもはや不可能である。 譲二は、彼女は思った通りの金持ちだなと思った。 サラ金に借りたのではないが、銀行の金利が大きくのしかかるので本当に助かった。

思惑 第41回

     確かに現代社会で譲二を詐欺師と呼ぶには大袈裟である。 かなり悪い男かな?というレベルといえるかもしれない。  譲二は豊かな社会の中で生み出されやすい人間の特徴をもっているのである。 弱者を騙して何があっても自分の贅沢を最優先させ、たいして後悔する事無く自分の裏切りの連続に苦しむ事はしないようにする。 譲二の自分本意の価値観は、現在多くの人の価値観になりかけてはいないだろうか。


     悪いと知っていても自分がそうしたければそうすることにして、信用を失う事など恐れない。 目的の為に他人を犠牲にする事にあまり抵抗は無いのである。 単純であるがそれを行動に移し相手には解らないと思っているのである。 巻き込まれた方は災難としか言いようがない。 譲二は母を数年前に亡くしていた。 父は元気だったが、年齢的にいつ病気になっても不思議ではない。 となると、遺産が入るのは時間の問題だ。 黙っていても自動的に遺産が入るのだ。 そうなればいずれ借金は片付くと、いつの間にかそんな気持ちが沸き起こっていた。 彼は失う物を数えたりはしない。 これから手に入れるものしか数えないのである。


     1つの金ヅルがなくなったらまた次を考え、過去の事は切り捨てる。 遺産の計算もしっかりしてあった。 いずれ借金は帳消しに出きるので、悩んでいないでもっと稼ぎ出せる方法はないかと考えている。 遺産を受け継いだら、自分の失敗で親の土地を売る事に抵抗は無いわけではないが、それで返済して楽になれるという合理的な判断が働いている。 大切にしておいてどうなるわけではないし、生きているうちに使うのが大好きである。 今日は貴子の所へ行ってビールでも飲むことにしよう。 そのうち暖かくなったらヨットに乗る話しでもするか。 今日も早起きの譲二は、庭に出てすがすがしく深呼吸するのであった。 こだわったりクヨクヨ心配したりして時間を過さな所は、全く見習いたいほどである。


 

思惑 第40回

(10)思惑


     譲二は毎日ウキウキしていた。 金利で借金が膨らむ事など頭から消えているかのようだった。 借金の方はどうにかなるのだ。 どうと云う事はないと思うようにした。 譲二は自分のした事が色々な形で跳ね返ってくるという考え方はしていない。 あまり結果を恐れないで楽しんで行動する性格だからである。 もはや若い時の譲二のような軽い乗りはないが、知らず知らず目をギラギラさせていた。 妻に知られず不倫をするのもなかなか愉快だ。   


     借金の2000万円という金額は、貴子なら簡単に動かせるお金であるのだが・・・ いずれ借りられるかもしれない、と譲二は思った。 貴子の善意で何とかなる気がしてきた。 かなりの期待を寄せているのである。 たいして罪悪感を持たずに人の犠牲の上に成り立たせようとするエゴから、譲二には重苦しいような不潔感が漂っている。 譲二は人知れず騙し取った金でほくそえむその顔から、何処か悪魔的なもの発する人間になっていた。 恋愛でも仕事でも、彼は裏切り続け、同時に彼は猜疑心の強い人間になっていた。 大袈裟に言えば自分の立場を守るには、抜かりがあってはならないからだ。 しかし、彼の貴子への態度は誠意と誠実しか現していない。 


     彼は若い時は、騙し取ったお金は贅沢と遊びに費やした穴埋めだったが、今は株で作った借金の穴埋めにしている。 手放した物はあるがヨットを手放す気は今でも無い。 譲二は相手が知らない、相手には解らないというのをよい事に、自分に良くしてくれた人達をかまわず騙してきたのである。 それに成功してきたといってもあとで解る時が来るのである。 その正体はいつか暴かれる時が来ても、強気の構えである。 正体が暴かれて、強い恨みを抱かれても平然と逃げる覚悟でいられる事が詐欺師の条件だろう。

犯行 第39回

     ヨーロッパの古い銀細工で繊細な模様を施した鉢や壷、伝統工芸品イタリアのガラス細工であるのしゃれた花瓶などまとめてであった。 全部で200万というのは非常に高い買い物である。 何もかも譲二は有頂天であった。 ここまでになるとは思っていなかっただけに、妻の他に自分の我が侭を聞いてくれる人が見つかった上、収入を得た事に上機嫌である。 


     中年同士の不倫だが、何処かこの危険な関係は燃えるものだ。 願ってもないこの不倫は冷めていて燃える。 譲二は貴子に荒々しく迫る瞬間が答えられないほど好きであった。 若さへのこだわりだろうか? 貴子も同じ気持ちでいてくれるだなどと自分勝手に考えながら譲二は毎日ルンルン気分であった。 これだけ買ってもらえれば、当然貴子には優しく接するわけである。 譲二は貴子の所に行き、高級ホテルにでも住むのような感じでシャワーを浴びてさっぱりして出てきたりしていた。 住まいが機能的に出来ているので非常に快適であった。 キッチンもソファーもベッドも何処を見てもそこには豊かさの空間があるような気がした。 


     譲二は貴子が仕事に追われているわけではないので好きな時に行っても問題にならないと勝手な事を思っている。 家庭は上手くいっていないという、よくある嘘が発覚すると思っていないが、その嘘が貴子にわかったところで、自分達の事は合意の上だと正当化して何を言われても強気で出られる。 家庭はこのまま大切にしていけば良いだけで楽しむのは別の話しだ。 それははっきり意識していたわけではないが、漠然と思っていた事だった。 譲二の生きる意味は、人生を楽しむ事であり、徹底した快楽主義でなのであとの事は深く考えてはいない。 

犯行 第38回

     中には、円が強い時にただ同然くらいの安さで買ったものもある。 日本にない面白い水差しや花瓶などがそうである。 宝石のように相場が解りにくい事を良いことに、水増し金額で商品を売ったのだ。 彼はその時、誰にもわからず成功をおさめたことに勝ち誇った気分でいた。 仕事以外の思いがけないサイドビジネスになったのであった。 このような詐欺は犯罪の中でも表面にでにくいものである。 


     デザインの仕事は成長させてきたが、彼は本当にその仕事を大切にしてはいなかったのである。 適正価格で売って、お互いの利益を望もうとしなかったのだ。 借金を抱えているので、騙し取る方を選ぶのが手っ取り早いからである。 今までもお得意先を減らす事もあったが、結局自分の利益だけを考えているのである。 取れる物ならもっと取り上げたいのが本音であった。 やはり、借金が大きくのしかかっている焦りがあったのは確かだ。 小物は貴子の希望でこれまでに幾つか購入したが、最近では迷いのある商品を「お薦めですよ。 お店においてみたら」と言いながら半ば強引に押しつけられるような時は、彼女は快く思っていなかった。 しかし貴子は資金があるし店に置けば売れる可能性があることも手伝い、日ごろの付き合いを考えて条件を受け入れ買う事にしていた。 


     貴子も買い付けに行くことはあったが、以前ほど外国に出るほどではなかったからである。 譲二は、まだまだ引き出せるぞ、と無意識に欲望と期待がわき上がっていた。 そして自分が優位な立場にいる事にご満悦であった。 また、貴子に売れば良いのだ。 一番高い時で200万円ほど売った。

犯行 第37回

(9) 犯行


     妻の幸子が添乗員であった為、国内海外と出かける事が多い。 海外に行った時はヨーロッパのアンティックショップで購入したランプや壷などの古物を庶民的な市場から土産がてらに買ってくることがあった。 外国では、休日の定期的に開く市場などを覗くと埃にまみれた置物や小物入れは日本にない面白い物が結構ある。 添乗員をしながら、自由行動の時に旅行客とそのような市場に行く事があったのである。 


     ついつい買っているうち、家には色々な物が置かれるようになっていった。 譲二はそれらのアンティック商品を顧客に見せたいと幸子に相談すると、提供する事に反対しなかった。 譲二のビジネスに結びつくし、気に入って買う人がいてくれるなら、それはむしろ望ましい事だと思ったのである。 売る為の材料にするつもりではなかったが、買い集めるうち随分増えていったし、欲しいという人がいれば譲る事に賛成した。 幸子は自分の選んだ物を気に入って大切にしてもらえれば、遠くから買って来た甲斐があったと嬉しく思った。 


     そこで譲二はちょうど貴子の店に置くのによい物があったので、幾つか貴子に見せたのである。 中でも遺跡の模造品の置物が貴子の目に止まり「和洋問わず何処でも置けて、おしゃれね」と言って、それは貴子が飾りたいと思う物だったので迷わず購入する事になった。 それは花瓶を兼ねて、置物にもなる素朴で原始的ながら美しい出土品をなぞらえた物だった。 同時に仕事柄店に置いても良いという物も購入する事にした。  


     ヨーロッパアンディークは食器、人形、ジュエリーは有名だが全てが伝統的高芸品でなくても、革細工、刺繍小物、バッグ、オブジェ、小物入れ、ケースと手頃な物も多数あるのだ。  暫くすると、彼は彼女に法外な金額でいくつかの商品を薦め出したのである。

不倫 第36回

     貴子は経済的に非常に恵まれているが、物事を割り切って考えないという意味で精神的にもろい部分があるといえるかもしれない。 こうなると譲二は人の心の隙につけ込み罪深い事をしているといえるだろう。 譲二のほうは好きな時に行けば自分の欲望も満たす事が出来て、楽しむのはお互い様で合意の上だという程度に考えている。 とにかく、毎日ルンルン気分で楽しい。 


     あの株取引で突然利益を出した時もバラ色の人生という感じがしたが、不倫は別の刺激で、気が付けば鼻歌混じりでにこやかにしている。 なぜか若い頃喫茶店のアルバイトで思いもよらない余禄が入った時の気分であった。 可能性に期待しているというのか、ワクワクする気持ちが自然に身体から漂っていたのだ。 あの時の、ヤッタ!という勝利にも似た満足感である。 良く考えてみればこの不倫は、お金と欲望の両方を持ち合わせているではないか。 


     貴子の所へ行けば好みの酒が用意されそれなりのサービスがあった。 貴子は、特別な計らいをしたつもりはないのだが、生活レベルがもともと高いので日常生活が自然に豊かなのである。 やや高級なワインなども、それほどの出費とは考えていなかった。 二人ともお酒の味がわかるので、美味しいワインが更に気分を良くさせた。 


     多芸な譲二は料理を得意としていたので、手伝うのを苦にしなかった。 貴子も、ただの無芸で食べるだけの男なら適当にお友達で終っていたと思っている。 やはり、譲二のように楽しそうにドンドン用意するようでなければ不倫も続く事はなかっただろう。 譲二の幾つかやっていたアルバイトは役に立っていたのである。 それなりの食材が用意できれば、簡単な料理でも美味しいはずである。 貴子は「私より上手ね」と言って譲二と一緒に料理をしたり話しをしたりと、これまでの一人だけの生活から恋愛気分の楽しい刺激を与えられていたのは事実である。 譲二はすっかりリラックスして自分の家にいるような気分でたまに会いに来ていた。

不倫 第35回

     譲二は母を数年前に亡くし、父は一人で暮らしているが元気にしていた。 今の所、父親を呼び寄せなくても大丈夫で、一人で頑張って暮らしている。 しかし高齢であるので多少の心配はあったので、以前から父親の様子を見に行くよう心掛けていた。  譲二は幸子に「たまには一人暮しで高齢の親父が心配だから様子を見てくるよ。 一晩親父の所に泊まってくるから」と言って、父親に会いに行くが貴子の所に泊まっていく事にした。 今まであまり泊まってくる事はなかったが、妻は全く疑いを持たず父親の所に泊まって帰って来ていると思っている。 


     譲二は貴子に「家には帰るより、こっちは落着く」と言いながら不倫という刺激を楽しんでいるのである。貴子は完全に譲二の嘘に騙され、彼の言葉をそのまま信じ込み、これまでにない幸せな気分に浸っていた。 誰でも理解できる事だが、平和そうな家庭でも色々あって大変なのだと、貴子は同情すらしていたのである。 世間のいう不倫でも、貴子は人の家庭を壊して譲二の妻を不幸にさせるつもりはなく、すでに壊れかかった家庭から終止符を打つように、自分が現れたのものと自分自身に多少都合良く考えている。 貴子は恋愛を軽く扱う方ではなかった。 過去の苦労や長い未亡人生活で、人間関係を重要視していた。 


     以前譲二にお金を奪われた亜希子は、若かったが恋愛を人生の中心に持ってきてはいなかった。 恋愛は人生の美しく重要な部分ではあるが、生き方の選択肢は幾つかありその恋愛以外にも価値あるものは様々だと思っていた。 ところが貴子は、仕事も能力的も、高いレベルにあるが恋愛を人生の柱に持ってくるタイプであった。 むしろ、恵まれているから恋愛も思いのままにしたいと考えていたのかもしれない。 小さな店といえども何不自由なく、やり手経営者でありながらいつでも恋をしていたい、そばに誰かがいて欲しいという気持ちを持っていたのである。 譲二の存在は小さくはない。

プロフィール

マドンナお吟

Author:マドンナお吟
年齢不詳で正体不明

フリーエリア
クリックしてね!

リンク
最新の記事
 
RSSフィード
FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

FC2カウンター
FC2アフィリエイト
FC2BLOG
最近のトラックバック
過去ログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。