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逃走 第19回

(6)逃走


     幸子と出会って譲二は気が変わり、幸子を結婚相手と決めるとここで亜希子とおさらばすることにした。  この際亜希子のことなど忘れてしまえばそれで良い。  詐欺師は知能犯だが身勝手にしたいだけの事、結果も考えるが深く思い煩わない。 感傷に浸るのは嫌いである。 それは何も始まらないからであった。 楽しい事でも苦労を伴うことがあるが、それを跳ね除けるパワーと信念を持ってやり抜く行動力を、譲二は不思議な所で発揮しているである。 実に変に前向きではないか。 仕事を持ちそれほどの不自由無く生活出きるが、見栄っ張りで贅沢好みは今もその頃と変わってはいない。 人生を楽しむ事を何より最優先していたので、自分自身を不幸に追いこむつもりなど微塵も無い。 何かが欠落しているこの性格は、男のプライドだったのだろうか。


     譲二は幸子と結婚するまで住むためのマンションを既に契約しておいた。 ヨットも別の場所に停泊させる事にして、いつも通り出勤しながら同時に退職の手続を着々と進めていた。 退職の2週間前に会社に退職願の書類を提出し、同僚には1週間前くらい前に「実は、急な話しですが父の健康状態が思わしくありません。 父は事業を始めたばかりだったのですが、いずれ私がそれを引き継ぐつもりでいます。」と告げて退職する旨を申し出た。 派手な送別会などをされては困る。 

     亜希子になるべく情報が入らないようにした方が良い。 送別会をやるなら、最後の日に上司と同僚の数人だけの地味なやり方にして、大々的にやる送別会は避けたいとやんわり幹事に伝えた。 希望どおりの方向で全てが完了して退職すると、翌日はあらかじめ引越し業者に頼んであったのでさっと立ち退く事が出来た。 数人の業者が来て予定通りあっという間に作業は片付けてしまった。

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譲二と亜希子 第18回

     譲二は助けてくれた事を感謝していたし、元気に仕事をしている様子が続いた。 譲二は何事もないように平然としていたのである。 彼の本音は返済を引き伸ばして、いずれもっと引き出せるなら試してみても良いぐらいのつもりでいた。 人の心の中は解らないものである。 譲二は全てのモラルも無視する悪い人間でないが、お金の為に手段を選ばないのである。


     彼は細々と生きる亜希子を騙すようなチャチな詐欺師であるが、それなりの不思議な図太さがなければやれる事ではない。 自己愛とお金の執着は何より勝っていたのであった。 生きていく上では、自分のした事の結果を克服するパワーも必須条件の一つである。 結果を恐れて不安や戸惑いを感じるというまともな神経の持ち主ではとても出来ないが、そこが彼の人間性である。 この計算高さと身勝手さ、これが譲二の恐ろしいまでの精神構造である。 金持ちを相手にするにはそれなりの世界にコネを持つか、自分自信が同等の金持ちにならなければ金持ちと接点を持ち続ける事は出来ない。


     譲二は亜希子のように自分に都合の良い状況に持っていける事はそれほど多くはないと思うが、ヨットの支払いはまだ続いている。 亜希子のささやかに生きている姿は全く人の事であり、彼はヨットを手放す気はなかった。 亜希子に高い価値がある事に気付いているが、その価値は最優先する事ではなかったのである。 別に亜希子の事は気にしなければそれで良い。 何とでも言い逃れできると思っていた。 適当に相手をしながら上手く逃げ通せると楽観的に考えているのだ。 ところが譲二はその時期に、現在の妻の幸子と出会っていた。 

譲二と亜希子 第17回

     亜希子には、もう少し余裕資金があったが200万だけ貸す事にした。 亜希子は仕事上で不満や悩みを漏らす事無く元気にしている譲二を見て、いつもパワーを貰っている気がしていたし、疑いの目を向けることはなかった。 水泳や釣りと、亜希子は誘われても付き合いきれずに断るほどの元気を譲二は持っているのは事実である。
 
     それに独身者であれば、現在の会社で200万円を2~3年で貯めるのは難しくないと亜希子は思った。 ボーナスなどを考慮すると、所得が低い方であるが亜希子でさえもそれほど切り詰めなくても出来る。 当然、譲二なら無理なく返せる金額なはずである。 色々検討してみて善意と信頼に基づいて亜希子は貸す事にしたのだった。 そして承諾した以上、トラブルにならなければ良いが・・・と一瞬思ったが、200万円を譲二の口座に振込んだのである。 

     2ヶ月くらいすると、譲二は「どうも有り難う。 今回の返済はこれだけだけど、本当に助かったと親父が宜しくとお礼を言っていたよ。」と、丁寧にお礼を言い50万円を返済した。 借りたら返すという証明の為である。 「残りの150万は父親からまた僕宛てに振込まれる予定になっているけど、もう暫く待ってもらうね。 申し訳ない。 でも本当に有り難う。」と付け加えた。 「それじゃ、当座の危機はしのいで、後は何とかなりそうなのね。」と亜希子は安心したように言った。 亜希子は全く疑わなかった。 これまで譲二を見てきて、譲二に疑いの目を向ける事は無かった。 その後も、これまでのように二人は中が良かった。 時々会って食事をしたり、忙しい時は電話をしたりして問題無く過していた。

譲二と亜希子 第16回

     暫くして、譲二はまた借金を申し出た。 「本当に頼みにくい事だけど、他に頼める人がいないから・・・」と切り出したのである。 「父親の商売がせっかく上手くいっているのに、取引先が不渡りを出して入るはずだった3000万円の入金が無くて困っているんだ。 取引先は不渡りを出しているので銀行からお金を借りられなくて、父は被害をこうむってしまった」と続けた。 亜希子は「まあ、大変な事になったのね。」と驚いた。 

     「相手先の資金繰りがつかなくて、親父の方は支払ってもらえないと困る状況になるんだ・・・ 親父に落ち度があったのではないんだ。 それは取引先の方の問題で、さしあたり入るはずのお金が入らないので大変な被害者をこうむってしまったらしい。」と、譲二の父が危機に面している事を強調して告げた。 「お父さんは、銀行から借りられないのかしら」と亜希子は心配そうに尋ねた。 「もう借りることにして手続を取ったけど、融資してもらえる枠があって、あと500万で何とかなると言っていた。 それに親父は、貯蓄があるからそれをすぐに崩したけれど、土地などの資産ははすぐに現金化できないんだ。」 さらに譲二は続けた。 「勿論、少しばかりの僕の貯金は既に親父に振込んである。 あと残す所500万ほどで当座の危機を救えるんだけど。 申し訳ないけど、もし借りられるなら暫くの間貸してもらえないかな」と言った。 「お父さんは、それ以上の資金集めが出来ないのね。」と深刻な顔をして亜希子は言った。


     500万というのは彼女にとってはかなり大金になる。 亜希子はそのような大金の貸し借りをした事はなかったが、一般常識でお金の貸し借りはできるだけ避けた方が良いのは良く知っていた。 しかし、日ごろ親切であり気心の知れている譲二なら助けるべきだという気持ちが強く、信頼している相手だったので考えた末、ためらいはあったが最終的に貸す事にした。 「そう、大変ね。 500万は無理だけど、200万くらいなら何とかなるわ。 200万が限界だけどお役に立てると思うの」と言った。

譲二と亜希子 第15回

     付き合ううち、亜希子は譲二に強く心を傾けはじめているのは解った。 やがて自然に二人は親密な性関係へと発展していった。 譲二は亜希子が遊び感覚で軽はずみな行動をしないのは良く知っていたが、譲二が望んでいる目的の1つを達成したのであった。 結婚を前提とした話しはしていなかったが、べったりした付き合いでもなく程よく連絡を取り合って、譲二は時おり亜希子を訪ねて来ていた。 全ては譲二の思いのままであるようだが、譲二は彼女が親切なだけに本当は苛立ちを覚えていた。 それは気長に演じている自分自身への苛立ちであった。


           やがて譲二は十分に信頼を勝ち取ったと確信したところで、ある日曜日彼女の家を訪ねた時、わずかな借金の申し込みをした。 彼女に思いきってこう切り出した。 「ここへ来る途、車の修理代を現金で8万払って来た。 先に聞いていた見積もりより高くなってしまって参ったな。 それで2日間ほど5万円貸しておいて欲しいのだけど・・・」と続けた。 「あさって給料日で、明日は残業になりそうだから、給料日には銀行から下ろせるのでその時返したいから待ち合わせしよう」と言った。 亜希子は、5万円と金額が小さいし明後日返すと言っているので貸す時はそれほど問題にしなかった。 「良いわよ。 大変だったわね。」と言ってカバンの中の財布から3万円と、いつも家に用意してあるわずかなお金を合わせて5万円を貸したのである。 

          待ち合わせ当日、譲二は約束通り返済した。 「有り難う。 おかげで修理代の為にわざわざ出直さなくて済んだよ。」とお礼を言い、二人は一緒に食事をして帰ったのである。 まずは信頼を勝ち取らなければならないのが譲二の思惑である。 そのまま二人は時々電話連絡を取り合いながら、ごく普通に付き合っていた。 亜希子は譲二がいることで自分が今幸せであると感じていた。

譲二と亜希子 第14回

     亜希子は結婚しても良いタイプだが、結婚後子供を持っても仕事を続けたがる感じの人ではない、かなり家庭的で堅実であった。 女でも出世していく力強さは感じられないので、稼ぎを当てにするのは無理ではないかと感じた。


     暫くすると休日に、亜希子から手作りの夕食の誘いがあった。 出かけた時譲二が払う事が多いので、お礼を兼ねて食事の招待をしたのであった。 職場を挟んで二人は反対方向に住んでいて離れていたが、車を飛ばす譲二の心は二重にはやった。 今日は念願がかなうかも知れないと期待で一杯だ。 訪ねると、料理の仕上げにさしかかっていた亜希子は「いらっしゃい」と快く迎え入れた。 亜希子は料理を運ぶ際、座っている譲二の何気ない動きではあるが、今まで見たことのない鋭い目をしているのにはっとした。 いつもリラックスしている彼が、真剣以上の怖い顔に見えたからだ。 それは譲二が、彼女からどのくらいのお金が引き出せるか疑問だったので早く手がかりを掴みたいと部屋を物色しているのであった。 譲二の考えていることが顔と動きに出た瞬間だったが亜希子は急に真剣な顔をしてどうしたのだろう、くらいにしか思わなかった。 


     食事が終って彼女がお茶の用意と片付けをしてキッチンに立っている時、譲二は素早く化粧台の引出しを上から順に開けて見てみた。 中には目ぼしい物はない。 そのような事をしても、彼女の年齢と収入状況を考えれば、それなりの生活をしているのが普通である。 しかし亜希子の地味な感じからして小金を貯めているかも知れないと思い、譲二は会話を進めるが大きな出費をしている話しは出てこない。 派手に使ってはいないのは解るが、何とか彼女から引き出したい。 30代となるとある程度持っているのは不思議ではないはずなのだが。

譲二と亜希子 第13回

     彼は遊びには積極的であった。 譲二は亜希子を食事や映画に誘い、楽しい時間を過した。 二人は話しが合い仲の良い間柄で交際を続けていた。 ある時、譲二は亜希子に誘われたので休日にコンサートに行くことになった。 車で亜希子の住まいまで迎えに行き、道路が混むので近くに車を止めておき二人は電車で会場へ行った。 コンサートはクラシックだが、解りやすい曲が多かったのでさわやかな余韻を残した気分であった。 


          その帰り、はじめて彼女は「時間も早いしお茶でも飲んでいったら」と言って、部屋に招いたのである。 「ええっ、良いんですか。 それじゃあ、お言葉に甘えて」と、ワクワクする譲二。 亜希子は譲二が、軽はずみにめったな事はしないと信頼していた。 住まいは彼女の収入に見合う小さな部屋であるが、一人暮しを快適にしているようであった。 部屋を見渡すと金目な物はない。 シンプルな化粧台の上にも、高級化粧品がズラリと並んでいるというのではなかった。 

          譲二はケーキをご馳走になり、紅茶を飲みながら話しを楽しんで、真面目人間を装いその日は遅くならないうちにひとまずおとなしく家に帰った。 あまり譲二の知りたい情報は彼女の口から出て来ないのは残念であったが、どちらかというと質素な暮らし振りであると思った。

 

           譲二の誕生日には、亜希子はカードを付けてプレゼントをしてくれたが、それは譲二が喜ぶデッサンの道具であった。 亜希子は彼女なりに気を使っていたのである。 嘘の上手い譲二が、たまに話題にしていたデッサンの事を考慮したのだった。 譲二は今でも時間があるときは絵を描いていると言っていたので彼の気に入る物を選んだのであった。

譲二と亜希子 第12回

彼女は優しい性格であったので騙すのはかわいそうだが、譲二は同情などしないでおかまいなしにやって通すつもりだ。 譲二は仕事終了時刻に何度か帰宅時間を見計らって彼女のいるフロアーへ降り、ちょうど帰ろうとする亜希子との偶然の出会いを装って「さようなら」と挨拶をした。 「お疲れ様でした」と微笑んで答える亜希子。 数日後、またしても同じように帰りがけに彼女と出会うと二人は自然に一緒に歩き出し、譲二は自分の車の置いてある駐車場近くまで彼女と話していた。 彼女は電車通勤なので駅へ向かった。 ここまで来ると、後は簡単。 いつものパターンで、いずれ誘うのは目に見えている。

          次にまた出会ったときには、「差し支えなければ、良かったら今度食事でもいかかですが?」と誘ってみると「ええ。 それじゃあ、是非」と快い返事が返ってきたので、亜希子に予定がない時をたずねて約束を取りつけたのである。 二人は仕事が終って海岸近くのレストランに行き、そのまま譲二は自分のヨットを披露したのである。 亜希子は、マリンスポーツにあまり縁がなかったので、強い関心は示さなかったが「優雅な趣味を持っているのね」と言って笑った。 食事のあと譲二は、ドライブがてら彼女の住む1DKマンションへと亜希子を送り届けた。 譲二はいつか部屋に上がりこむ予定だった。 亜希子は彼の事を気が効いていると思ったが本当のねらいを知るはずはない。


          この手回しの良さは、彼は以前にこの方法で成功していていつものパターンである。 あの時は、時々訪ねて半同棲となり適当に転がり込んだが、短い期間で喧嘩別れになっていた。 それにしても退屈な女だった。 一緒にダイエットにつき合わされて、美食家の譲二にはいつまでも付き合いきれない。 喧嘩でハイさよなら!の苦い思いでだ。 しかし、ある程度譲二に有利に貢がす事に成功していたので、さしあたり亜希子にも同じ方法を取っている。 

譲二と亜希子 第11回

(5) 譲二と亜希子


          大企業の中で従業員数はかなりいる。 次のターゲットとなったのは、転職して新しい職場へとやってきた亜希子にであった。 彼女にとって新しい勤務先で、亜希子は会社にまだ慣れていなかった。 年齢31歳で微妙な歳である。 亜希子は平凡なOL生活が長い。 割合に質素な服装で真面目に仕事を続けている感じであった。 大きな社員食堂で二人は偶然隣同士となり、そばにいた譲二は愛想良く割り箸を手渡した。 「有り難う御座います」と優しく亜希子はお礼を言った。 当然、いつかまた出会う可能性はある。 


     まもなくその社員食堂でまた見かけたのだが、彼女はその日は一人で来ていた。 これは良いタイミングだ。 譲二は空いている隣の席に座らせてもらう事にし、さりげなく話しをする事が出来た。 その時の彼女は感じがとても良かったので譲二は非常に好感を持った。 譲二は話していて楽しいし恋愛感情に近い親近感を覚えた。 世の中にはたくさんの女性がいて、亜希子は特徴のない顔立ちで中肉中背だが、個人の魅力はそれぞれである。 賢い人、綺麗な人、ユニークな人、意思の強い人、明るい人、と数え上げればキリが無いが亜希子は気立ての良い人だった。 気立ての良い人はいるようでなかなかいないものである。

 

     譲二の話しに彼女も穏やかに対応し、すっかり打ち解けた。 その時、亜希子が6階の奥まった小さな課で他の部署とあまり接触の無い仕事をしている事が解った。 フロアーも違うし仕事上縁のない所に所属しているのは好都合だ。  亜希子は年齢的に小金を貯めているのではないかと思うが、あまり裕福そうには見えない。 どちらにしても見てみる価値はあると踏んだ。 人柄の良さに譲二は彼女を気に入っていたので、譲二の思惑が一石二鳥でこれまでにない嬉しい気分である。 譲二は気持ちの充実を人間の豊かさであるとは夢にも思っていない。 彼女はあまり気が強いタイプではなかったので、ターゲットとしては最高である。 引き寄せるには難しくないと、すぐに感じた。 

行動ファイル 第10回

          中には恵まれたケースもあり、親の援助を受けながら何かと反対を押し切って好き勝手にできる場合もある。 由紀は何処となく余裕があり、生活に追われた感じが何処にもないので、常に不労所得がまわってきているかもしれないなどと譲二は思った。 


          由紀は離婚後、新たな一歩を踏み出し開放気分とやり直しの気持ちが大きく膨らんでいたのであった。 彼女は浪費家ではないが、どうやら稼いだお金は右から左へと好きなように使っている様子が見て取れた。 彼女ははっきりしていてきつい性格で、人に対して厳しい所があった。 由紀は恵まれているが親の助けを頼りにしてはいないし、どうやら彼女からはそれほどお金が引き出せない、と譲二は思うようになった。


          この女からお金を引き出すのは無理だと判断すると、譲二は交際を続けるつもりでいる由紀がうっとうしくなった。 譲二はのらりくらりと話しをはぐらかし、冷静さを保ってその場を立ちさるようにしていた。 譲二は少しずつ距離を置きながら適当な時期に断ち切れを願って「いつか僕の彼女を誘ってヨットにのせてあげよう」などと皮肉を言うようになった。 別れる為でもあるが、自分の思い通りにならない悔しさで自然にいやみな言葉が出るのであった。 「お好きなように」と由紀のほうも気分を害して譲二との付き合いを控えるようになっていった。


          しかし彼女にとって納得のいかない譲二の変化に戸惑った。 手の裏を返すような譲二の豹変ぶりに彼女は不快感と怒りを覚えたのである。 由紀は譲二の真意を知らず、気まぐれのお天気やだと解釈した。 譲二は、労力の無駄や世間の目など気にしない性格である。 相手の出方に左右されてひるんでいては犯行に出られない。 恨まれて気にならないわけではないが、ほとんど気にしないのである。 同じ会社であれば、また何処かで鉢合わせする。 その時は、何事もなかったように微笑んで会釈してさりげなく逃げるのであった。 噂になるようなことは多少気を付けていたし社内では二人で噂になるほど何やら親しげにすることはしなかった。 基本的に譲二は人の言う事など全く気にしなかった。 人の評価を気にしていたら騙し取る事など出来ないのである。 譲二はこれまで多少の恨み言を浴びせられても、強気で自分の言い分で逃げるのは平気であった。 

          詐欺師は古今東西時代が変わっても、人を騙してお金を奪う事に変わりはない。 オレオレ詐欺も、直面した被害者は思いの他自然体で騙されるのである。 テレビで、この種の詐欺に気をつけるようしっかり報道されていても、実際の当事者になると何も見えなくなり冷静な判断を失うのが解らなくもない。 程度の差はあっても、それはやはり譲二のようなタイプの人間のやっていることなのである。 人は誰でも幾つもの面を持つが、譲二はお金の為なら冷酷に振舞い、同時に健全な日常生活を両立しているのだ。

行動ファイル 第9回

(4)行動ファイル



        暫くすると転勤となった。 親元を離れ単身、新天地で働く事になったのである。 彼は環境の変化に順応するタイプでどんな条件も積極的に受け入れた。 転勤先は慣れ親しんだ東京の本社から少し離れた郊外で、都心から2時間ほど離れた所で適度に自然が残され、海が近い場所だった。 譲二は一人で生活することに不安の無いスタートである。

        転勤先に、子供を連れて離婚した若い女がいた。 名前を由紀といい、年齢は29歳で長めの髪を束ねてどちらかというと都会的なテキパキしたタイプで、彼女は良い人がいれば再婚してもよいと思っていた。 彼女には小学校に入ったばかりの娘がいる。 譲二は大きな職場内で別館へ書類を取りに行く時に由紀と顔見知りとなり、挨拶を交わしているうちに話すようになった。 譲二は早速食事に誘ってみた。 由紀に子供がいようがいまいが、譲二にはどうでも良いことだった。 女に利用価値があるかどうか見極める事が課題である。 

         譲二は由紀と待ち合わせて買い物に付き合う事があった。 彼女がクレジットカードで精算を済ます時など、彼は人のお金など目もくれないかのような態度を取るのだが、その演技の裏は正反対であった。 彼は彼女のカードとその使い方に強い関心を持っていたが、人の懐に無関心で自分が経済的に非常に満たされているかのように振舞った。 それは由紀にどのくらいの貯蓄があるのか、査定の判断材料になる重要な鍵になると思ったからある。  由紀がバリバリ働く感じがしたので、将来性を見極めようとそのまま観察を続けてみる事にした。 少し付き合ってみると、結構譲二は振りまわされ気味であった。 


       彼女は行動的でドライブが好きであった。 自家用車で通勤し、綺麗に化粧をした快活な女性で、母親であるが独身者のような意識と雰囲気を持っていた。 たぶん忙しい合間にエステに通うくらいの事はしているであろう。 女一人の稼ぎで母子家庭の条件でやっているが、どんな環境にあるかは解らないものである。

サラリーマン時代 第8回

譲二は詐欺のターゲットを金持ちの女性に絞りたかったが、身近な人物との付き合いの中から行動を起こしていた。 自然であるので被害者以外の誰にも計画的犯行とは思えない。 彼は、まず女に近づいて、女が稼ぐのであれば、ヒモ的存在のように遊び暮らすのも悪くないと考えていた。 本人なりにゆがんだ自分本意な明るい未来を思い描いていたのである。 しかし彼は詐欺師であるがヒモとは少々違う。 ただの怠け者ではなく積極性と行動力を持っているからである。 一般的な女の稼ぎを当てにするだけでは、彼の最大の関心事である人生の楽しみと豊かさを享受するには十分ではないからだった。

  

譲二は適当に女の子を見繕って遊びながら何度かご馳走したりされたりしていた。 時々通っているスポーツジムで知り合った女の子と親しくなり、購入したヨットに乗せて親切にしていた。 信頼されたら似たようなパターンで最後に少しお金を借りて返さずに逃げると云うママに使ったのと同じ様な手口を数回繰り返していた。 金額が大きくないので、万が一逃げ切れない時には返せば良いくらいの感覚でいたのだ。

 


いつも成功していたわけではなく、あまり相手にされず三枚目役だったという経験もある。 譲二がのこのこ出かけて行けば、過去の自分の恋愛話が始まり嘆きを聞かされるなんてこともあった。 物色した女の中には、いきなりピシャリと態度で閉ざしたこともある。 金持ちはそれほどあちこちにいるものではない。 このような不愉快な体験をして獲物にならない時もあった。 思い通りの結果が得られなくても譲二は付き合いを楽しむ事にするので、それはそれとしてそこそこ楽しめたと思っている。

 


譲二は手当たり次第口説いてみて、誘いに乗ってくればお金を引き出させようとしたのであるが、次第に可能性を嗅ぎ分けられるようになった。 詐欺師が冷酷さと、極めて健全な部分を持ち合わせている事は非常に理解し難いものである。 人は幾つもの面を持っているものだが、彼の健全性と冷酷さを同時に使う事を理解するのは普通の人間には難しい。 

サラリーマン時代 第7回

    譲二はママの好みの青年であった。 彼は平均的な風貌ではあるが、ママは譲二の「ママ」と呼ぶ時の気さくな感じと明るさに好感を持っていた。 譲二が出張で此方に来る時は、店に寄るのでママは嬉しく思っていた。 譲二は料理が気に入っていた事もあり出張の際は店に顔を出すので、次第になじみ客になっていた。 そのうち彼は気持ち程度の手土産など渡すくらいの間柄になっており、時々飲み代をツケにしてもらい後払いで融通してもらうようになっていた。 ママは危険性のある色気はなくいつも忙しく店の仕事をしていた。 

     

    1年ほどした頃、遂に譲二は「突然滞在が延びて出張旅費が足りなくなるので3万円ほど借りたいのだけど、次の出張の時に返すから貸しといてもらえるかな?」と言ってみた。 当日の飲み代もまたツケにしてもらう事を申し出た。 譲二はツケの時は必ず後で払っていたのでママはそれを受け入れた。

    ママは来週あたりまた来ると思っていたが譲二はトンズラを決めこんでいた。 遊び人の譲二はお金がいくらあっても足りない。 非常に単純な詐欺であるが、彼自身も調子の良い単純な性格であったのだ。 いざとなったら後は野となれ山となれ、そのまま返しに行かなかった。 ママは、譲二の若さと乗りの良さを理解していたが踏み倒されるとは思っていなかった。

    その後いっこうに店にやって来ないが、何か仕事の事情だろうと暫く待ってみた。 何の音沙汰も無いのであの若者どうしたんだろう?と思ったが、結局踏み倒された事にきづいたのはかなり後になってのことだった。 譲二は名前をなのっていたが、職場の話しをしていなかったし仮に自分の情報がママに届いても、何とか言って誤魔化しておけば良いと思っていた。 

 

サラリーマン時代 第6回

(3)サラリーマン時代

 サラリーマンを続けて数年、彼はサラリーマン生活に満足しているわけではなかったが、できる限り楽しく過すようにしていた。 実際わずかな自分の時間を目一杯楽しむ事に集中していた。 仕事は収入源である為、確実にこなしているが、考える事は楽しむ事ばかりである。 譲二はマリンスポーツが好きで、前から欲しいと思っていたヨットの購入を決めていた。 ヨットの維持管理は大変だが既に会員になっていたので停泊させるには困らない条件もあり、存分にクルージングを楽しみたいのだった。 船舶の資格を取ったことだし、ちょっとした船長さん気分に酔いしれてみたい。 


    ヨットは豪華なイメージが強いが、中古で小さければ手の届く値段の物も数多くあるのだ。 しかし買うなら自分の気に入った設備の備わったものが欲しいと思った。 希望にかなうヨットとなると値が張るが迷わず思いきってローンを組む事にし、 楽天的な彼は苦にしないで返していくつもりでいた。 この支払いはしばらく重荷となるのである。 実際、今の彼にはかなり無理な買い物であった。


     譲二は自然な振舞いに好感を持たれるタイプであり、職場の女子社員、飲み屋で知り合った女性、ヨット仲間、年齢を問わず誰とでも明るい態度で接するのであった。 出会えば、お互いの距離を縮めて当然ながらチャンスを掴み上手に取り入るようになっていた。 年上の女をヨットに乗せてあげて結構奢ってもらったりして気分を良くしていた。 意外にもそのヨットは今後も利用価値のある重要な道具になっていくのである。 


    彼の勤めた会社は出張や転勤を命じる事があった。 自ら移動したいと願い出る事も可能だった。 これは、いざという時逃げる事が可能な良い条件である。 度々出向く出張先の行きつけの飲み屋でたまに来る客となっていた譲二は、そこで知り合ったママと親しくなり、彼の最初の犯罪は見事に成功する。

学生時代 第5回

     現金払いが主流であったあの頃、譲二は重みのある立派な財布をカバンから出して開く瞬間を度々見ていた。 結構厚みがあるが、あの中に一体いくら入っているのだろう。 かなりの現金を持ち歩いているに違いない。 そんな思いをめぐらし興味を募らせるのは当然である。 裕福な人間はいるものであり、譲二は豊かさを享受して生きていきたいと強く願うようになっていた。 


     学生時代は、そこでのバイト料と稀にあった使い走りの臨時収入で、さしあたりの不自由はしのいでいたが、彼は楽しむ事が多いので不満は残っていた。 譲二は大金を自由に使う事が、自己実現の成功の証であると感じた。 只者とは思えない女客は、どこにでもよくいるような若者を別に相手にしてはいなかった。 ただ小銭を振舞ってやっていただけなのである。 ある程度年齢の高くなった金持ちにしか解らない一種のお金の使い方である。 譲二にはピンと来る物があった。 そして彼は人間の裏表と人間性を見抜く力を備えたのであった。 


     譲二は、それなりの世界ではそれなりの金持ちが集まるのだという事を実感し、その贅沢な生活に身を置きたいと思った。 彼は彼女と等身大ではないのを感じたが、決して悪い気はしていなかった。 譲二は人に合わせることは上手であったし、甘えるのが大好きである。 今だったら当然くらいついて離れなかっただろう。 彼は闇の世界に引き寄せられたというより、暗闇の世界に引き合う物があった。 闇の部分に潜在能力を出せる人間だったのだ。 


     自分の現在の環境を、極端にかけ離れた世界に簡単に変えられないのでもあり、将来というのは現在の延長線上にある。 彼が大学の卒業と同時に慣れ親しんだアルバイトを辞める時には、夏休み最後の日のようなむなしさの混じった寂しさと無念さを覚えた。 しかしそんな気分は一瞬であり、期待に胸を膨らませてサラリーマンになるのである。 そして就職後は、懐かしいその場所に足を伸ばす事無くあっという間に3年経ってしまった。 

学生時代 弟4回

(2)学生時代


     学生時代、彼はアルバイトをしており運良く小遣いをもらった事がある。 都会のこじんまりした静かな喫茶店で出来事だった。 店で軽やかにコーヒーを差し出す譲二は、こざっぱりとした好感の持てるホストをやっても似合っていた事であろう。 そこへクラブの経営者だろうか、やり手の女社長だろうか、貸しビルのオーナーだろうか、その辺の所は判らないがただならぬ女客が現れた。 初めのうち譲二はその客にしどろもどろであったが、なじみ客として挨拶を交わしているうち、少し話しをするようになった。 


     その客は値の張りそうな服を着て、彼女の恰幅の良い体形に似合う大き目のアクセサリーを身ににつけていた。 年配者の風格があり、わずかに香水の匂いを漂わせていた。 こってりと口紅を塗った口元が、どこか性格のふてぶてしさと気の強さを感じさせる。 譲二はその客にいつものコーヒーを出す役目である。 


     譲二は彼女から「済みません。 ちょっと煙草を買って来て戴けますか?」と私用で頼まれ、一万円を渡された。 譲二が使い走りを済ませると、そのお礼に「お使い立てして悪かったわね。 お釣りは取っておいて頂戴」と言ったのだ。 


     「こんなにたくさん、宜しいのでか? 有り難う御座います。」 隣の自動販売機に行っただけで、思いもよらない心付けに遠慮がちにお礼を言った。 当時の時給を考えるとその金額は安くはなかった。 凄い金持ちもいるものだ。 譲二は詮索しないでおとなしく仕事をしながら、素性は不明だが彼女との距離を縮めたいと思った。 彼は客が煙草を吸いそうな時は素早く灰皿を出すサービスを心掛けたのである。 


     そのうち「使わないものだから、良かったらどうぞ」と彼女の頂き物が譲二にまわってきたのであった。 「有り難う御座います。 本当に助かります。」と言って、女の話し相手をすることもあったが、譲二には非常に興味ある人物だった。 その客は、それなりの付き合いの人間が多いらしく、仕事での打ち合わせ相手と共に現れる事が多かった。 

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マドンナお吟

Author:マドンナお吟
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